2016_4_1

四月に入ってもなにが変わる訳でない。少しづつ暖かくなってきた気はする。日も随分と長くなった。

 

冬至がついこの前だったのでは?もう春分は過ぎているのか、わからない。こうして些細な変化を怪しんだりできるくらいには、外の具合に対してこれからも敏感でいたい。今年度も日がなパソコンの前にいることになってるはずだ。この暮らしの内にいては四季は努力して探しに行くものかも知れず、これは結構めんどうだ。といって外に出ないと、詩情うんぬんではなく色々と問題があります。

 

日記の枕に影響が出ることがまずある。書き出しに迷うことになるだろう。その日のおおまかな様子を描く情景描写とか、報告に近いやつだ。本来ならそうした書き出しですらすらと話を運びたい。そうして自分から離れた話題で書けた日はよくやったと感じる。あまり暮らしについて書きたくはない。

 

そも世の中にはこれだけ身の上話が溢れているのに、ツイッターのホーム画面からからだいたい3クリックくらいを費やしてまで、他人の生活に触れたいと思うだろうか。自分の世界を固定するので手一杯であって、他人のそれにまで興味がない、みたいなところはないだろうか。話を聞くよりも、話したい人が見にくると思ったほうがよいのだろうか。ここに来た人が気持ちよくその日あったことを思いだし、また別の場所で表現したくなるような、それは人に日記を書かせる日記だ。そうした書き方はまだわからない。それが出来たら、きっと日記ではない気もする。でもブログではある。

 

明日の日記の出だしを考えている。頭の中には現前する手だてを喪った風景が浮かび上がる。パソコン脇の小窓に透かして見えるのは、賑やかな活気の建設現場の、暗い建物の陰影の、ラワン合板の簡素なテーブルの透視図の、散髪して歩く外堀沿いの水辺に、桜の枝垂れに頭をもたげる、立ち上がることのない風景を、小窓の先に重ねて眺めている。四季を探して視線は泳ぎ、代々木上原にあるオフィスの地下一階からはついに辿り着くことはなかった。


夕方から中野へ。友人と会い、焼き肉を食べる。WIREDの記事についてで面白い話ができた。確か、重力とはなにか、みたいな話だった。素朴なことからSFに飛ぶ話は好きだ。重力の正体について次までに勉強しておこうと思う。


季節の変わり目なのでなにも捗らない。今日はこれでおわり。