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2016_4_9

晴れ、のような気がするけど。雨だったか?たしか風が強く吹いていた。風が桜を煽って忙しなかった感じだ。はい浮かれるのはここまで!はい祭りは終わり!はいはい帰って仕事しなさい!と風曰く。

 

花が散りきる前に、今年は花見ができた、先週末に。したという事実がこの場合大切で、花見をした事実はつらいときに思い出すと効いてくる。ああ、確かに人間らしいことしてたなあと。

 

平凡すぎるのでは?桜の話題を選んだのはよくない。3マス戻る。

 

しばらくツイッターで十分だったからこちらの更新が疎かになっていたのは反省点、毎日書く?いやそんなルールはありませんでした。もっと気軽に。インターネットを軽薄にやりましょう。

 

ぼくの狭いTL界隈でも、やおら話題になってた本を買ってみた。サピエンス全史。おもしろいですね。ツイッターでの流行り概念にある虚無とか虚構とか、○○はFAKEなんかと近い言葉が書かれてます。ネットのスラングが紙媒体に載ってる違和感を感じられるのもいい。そういえば村上春樹の新作の副題も、どことなくツイッターぽさがありますね。

 

そういえば認知言語学の新書もあったのを今思い出した。あれはあと少しだ。サピエンス全史と近いところがあって並行して読むのにちょうどいいと思う。

 

これもまたなにかと、○○はフィクションだ、と断じている本なのだ。認知も人がつくる虚構には違いなく、言葉は慣習の上にあるという筋が書かれていて、それは犬の鳴き声はワンなのかwow-wowなのか、それとも?みたいな類い。つまり、思考に先立つ言葉はないらしい。

 

そもそも言葉は存在してはいない。先ず世界には現象のみがあって、その劣化データとして文字が出力される。出力している。なんとか日記として集合し、読まれることで情報はまた劣化する。現象のデータ容量が重すぎるからと、五感と思考に入念な抽象化を脳が施しているのが、ありのままの世界を認知したりここで伝えたりできない原因で、これはもうそういう造りのいきものらしいと割りきっている。文字でしか思考できず、文字でしか表現ができないのだ。さて、それが人かはわからず、あるいはAIかもしれないし、自我があるものは抽象化を自然にやってのける。でも虚構でしかないのはいづれも変わらない。